福岡県北九州市で鑑定業を営んでいる運命開運學會の志水佑旭です。
人生40手前にして大きな失敗から【運もなければ実力もない男】と言われ、一時は命を絶ってもおかしくないというところまで堕ちに落ちた過去から、運命学を活かしてどうやって普通の生活を取り戻すことができたのか、何をして心の安定や充実した日々、将来の目標や明るい希望の未来を描くことができるようになったのかについて、具体的な占術と開運方法を交えてお伝えしたいと思います。最後まで読んで運命学を少しでも身近に感じ、今後の人生の指針とするきっかけになると嬉しいです。
目次
エピソード0~奈落の底から~
「一度、園長先生の役職から外れて保育士として働くことを検討してくれないか…」
今だから明かせる本当の話。この一言を法人の理事長から告げられた瞬間、20年近く保育に捧げてきた人生がここで終わってしまったのだとハッキリと理解しました。誰が見てもわかるほど保育士さんとの関係はギスギス。遅かれ早かれこういう結果になるだろうと、入職当初から感じていた違和感と現実が重なったことで「これは避けようのない運命だったのかな…神様は乗り越えられない試練は課さないと言うけれど、どうしてこうなったのかが、やっぱり気になる…」と漠然と考え始めました。
そんなことを思った翌朝、不思議なことに
「占い師になり、その知識や技術をバックボーンとして支援する側になる」
という言葉が突然頭の中に降りてきて、ハッと目が覚めたのです。
当時、結婚して9年目だった妻は一般的にまったくスピリチュアルに興味がなく、日常生活でもそういった発言を一切しない人でした。ただ、就職や引っ越し、身体のことなどを鑑定師の方に占ってもらって決めていたということは知っていて、うっすらと頭の片隅にありました。
私はそれまで占いに興味を持ったことは一度もなく、むしろ『占いに行く人なんて、心が弱い、自分の人生すら自分で切り拓けない人が頼るものだ』と完全に否定し、蔑んでさえいたほどです。
その時は職場に居場所はなく、大好きだった子どもたちと触れ合う保育現場から離れての管理業務で数字とにらめっこの日々に気持ちはどん底。遅刻や事務的ミスも連発し、状況は日に日に悪化していました。
そんな中「俺も占ってほしいって伝えてみてくれん?」と妻に意を決して頼むと「いいってよ。次の日曜日においでって」と淡々と返事があり、人生で初めて占いに行くことになりました。
ちなみに占ってくれた鑑定師は、現在の師匠です。
師匠は「まさか、しみず君からそんな連絡が来るとは思っていなかった。でも、そろそろこうなるだろうとは思っていた」と意味深なことを言い、私が今の状況を話すと「ぼんやりとは知っているけれど、あらためて生年月日を書いてみて」と紙を渡されました。
そこに私が書いた生年月日の下へ、漢数字や干支を表す文字、そして震の文字を書き込みながら「震宮傾斜の人はひとりで突っ走りすぎるからよ。これじゃ誰もついてこんよ」と、思い当たることから話を始めました。
続いて「従業員さんの生年月日分かる?理事長と今回の縁を繋いでくれた人も分かれば書いて」と事前に準備していったメモを見ながら書いていくと「この人とこの人はこうで…」「この人は手を焼くやろう?」など、生年月日だけで日々一緒に働いているからこそ分かるような人柄や課題、相性的なことを次々に言い当てられ、その的確さは今でも強く印象に残っています。
さらに「しみず君の今の状況を見てあげる」と、サイコロの入った箱を渡され、言われた通りに額に掲げて今の自分の状況をイメージしながらカラカラと振ってみました。
サイコロは3つ入っていて黒字のサイコロは「艮」赤字のサイコロが「坎」最後の1つは漢数字の「二」だったのは今でも頭の中で映像が残っています。
師匠は「この先のことは靄(もや)がかかっていて、本人もどうしたらいいのかわからない状況で自分の力ではどうしようもできない。このままだと行き詰まる。誰か力のある人に相談して道を探すしかないよ」と言いました。
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず「実は園長先生を辞めて占いをする側になりたいと思っています。ぜひ教えていただけませんか?」と、脊髄反射のように口にしていて、とても驚きました。
「この道はそんな簡単な道じゃないよ。もう一回よく考えてから連絡しておいで」と言い、すっと別室に行って一冊の本を持ってきてくれました。
「今まで勉強した人たちのために作った本。よかったら読んでみて」と渡されたのは『開運気学講座』と書かれた本でした。
「読んでも最初は分からないことだらけだけど、止まらずに2回3回と最後まで読んでたら、そのうち分かるようになる。これどんな意味だったかな?と止まらず、繰り返し最後まで読むこと。2年も3年もすれば自然と意味が分かるようになる。今日占ったことも簡単なことなんよ。勉強すれば誰でもできる」と言われ、半弟子入りのような形でその日は鑑定所を後にしました。
実際に占ってもらった感想で最も強く感じたのは「世の中の占いって何なんだろう?」ということでした。
巷にあるような「この生年月日の人は強運の持ち主です」「今年の運の良い生年月日ベスト100」「この手相の人はお金持ちになれる」「運命の赤い糸で結ばれた人と出会える」「いつ運命の人が現れますか?」「何歳まで生きられますか?」「老後は幸せですか?」といった、誰にでも当てはまる曖昧な占いとはまったく違うものでした。
『そんなのにお金を払う意味がまったく理解できない』
しかし、今の状況、人間関係、相手の本質、そしてどう行動すべきかという具体的な答えを知ることができる占いに出会い私自身が「これならお金を払ってでも判断を聞きたい」と心から思えたのです。
そして、絶対にこの占いを身につけたいと強く感じ、私はすぐに「お願いします」と師匠に連絡を入れました。

(年季が入っています)
開運の道はじめの一歩~印相学~
弟子入りをお願いした数日後「印鑑あるよね。あれ持ってきてくれる?」と連絡があり、妻と入籍するときに作ってもらった印鑑を3本と、仕事で使っている印鑑や昔使っていた印鑑をすべて持って事務所へ向かいました。印鑑を出すと、師匠は手に取り印面や側面をじっと見ていました。
「じゃあ、朱肉があるからここに押してみて」と言われるままに押すと「ほらこれ見て。印面がゆがんどるやろ? そうとう外部からの圧力があるんやね。人間が曲がってしもうとる、ほら」と言われました。今まで印鑑なんて意識したこともなかったので「え?」となりつつ、自分で押した印影を見ると、〇ではなく明らかにいびつな形に変形していました。他にも実印や銀行印を見てもらいましたが、認印だけがそのような状況でした。
「実印とかに出てたら大変なことになっとったよ。これは作り直さないとね」と言われ「作り直したら何か変わるんですか?」と、印相学の“イ”の字も知らない私は興味津々で尋ねました。
印鑑というのは、その人の陰(いん=うら)の部分。自分で出来る行動や考えは陽(よう=おもて)の部分。印(陰)が悪ければ、その人(陽)も悪くなる。今回は柘植材の吉相印だったから、人が悪くなる前に身代わりになってくれた、という印相学の基本となる知識を初めて耳にしました。
「そんなことあるんですね」と返すと「今回は印の変形やゆがみだけど、傷がピーッと入って欠けることもある。印面が反ってチューリップみたいになることもある。今度見せてあげるよ」と、実際にお客様や身内の印鑑で目にする現象について教えてくれました。
そして「次の印鑑は象牙で作ることになるから、金額は〇〇万円かかる。どうする?」という話になり、けっこうな金額でしたが、私は即答でお願いしますと返事をしました。そこには本当に迷いはありませんでした。収入や貯金があったからではありません。
その時の思考はただ一つ。
「印鑑が悪いなら買い替えるだけで良いし、それで自分も良くなるならこんなに良いことはないよね? むしろ、なんでみんなこれを早くやらないんだろう、もったいない。この印鑑の知識を今知ることができて本当に良かった」と、純粋にそう思ったのです。
そしてこれは後に悲劇の始まりになる…などというホラー要素には一切繋がることもなく、今でも本当に『開運の第一歩』だったと実感しています。たしかに貯金額は減りました。しかし、印鑑を変えたことで自分の根底の自信や意識、考え方がより強く、はっきりしたことを今でも覚えています。
人によっては「しっかりした印鑑を持つ」という所有感で生まれる自信や、いわゆるプラシーボ効果も、印の作用を後押しする一つ…と前向きに考える要因するのもアリ、と今になって思います。
後日談として師匠からは「もしあの時、印鑑を変えきらんやったら弟子にすることはなかった。即断で変えきったから受け入れようと思った」と言われました。
普段ならケチで納得するまで調べてお金を使う性格なのに自然と変える流れができたのも運の成せる事なのかもしれません。
そして実際の鑑定でも、
「この人は印鑑に問題がある」
「〇〇の部分に欠陥がある印鑑を持っている」
「この依頼者は印鑑を変えたら今後良くなるきっかけをつかめる」
というケースは非常に多く、開運の道への一歩目につながることが多いのです。

材質や寸法や彫り方すべてに意味があります
仕事はどうなった??~気学~
師匠のお付きの女性から、当時の私の様子を今でも語られることがあります。
「まるでゾンビのような顔つきで、気配もなく幽霊でもいるんじゃないかというほど生気のない状態だった」というもので、とても仕事が勤まる状況ではなかったそうです。
あれほど「子どもが主体的に環境と関わることのできる保育園をやりたい」「子どもに寄り添う素敵な保育士さんを育てたい」と頑張っていたのに、どうしてこうなってしまったのか…なにがいけなかったのか??
この疑問は、私の力量と経験値や人柄という原因はもちろん大前提にあるとしたうえで、気学という運命学を学ぶことで紐解くことができました。
最初に書いた生年月日だけで、本当にたくさんの情報を素早く読み解くことができる学問です。占いの分類では「命占(めいせん)」と呼ばれ、東洋なら四柱推命・算命学・紫微斗数、西洋ならマヤ暦やホロスコープ、星座占いなど、生まれた時や場所からその人の運を読む占術にあたります。
「九星気学」という言葉であれば耳にしたことがある方も多いと思いますが、九星術と気学の違いや歴史を知れば、気学という呼び方のほうがしっくりくるはずです。
実際の鑑定でも「結婚するならいつが良いか」「開店日はいつにしたら良いか」と日取りの相談に来られる方が多いのですが「この日にしたらうまくいく・いかない」というのは、実はあまり関係ないことが多いです。大安にしようが天赦日にしようが一粒万倍日にしようが、うまくいく時はうまくいきますし、いかない時はいきません。もちろん凶日をわざわざ選ぶことはないとは思いますが、日取りの良し悪しがその後の良い悪いを決めるわけではないのです。(ゲン担ぎに実行される分にはご自由に…)
では、今回の私の園長への挑戦がなぜ失敗したのか。それは当然ながら、当時の私の人間性や実力不足、経験値の低さもあります。当時関わってくださった方々には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
しかし、運命学的には「始める時期が悪かった」ということが大きく関係しています。
「私、厄年なんだよね」「今年は後厄で…」という言葉を耳にすることが多いと思いますが、そのなんとなく気になる厄年こそ、実は気学の運勢である流年法も同じなのです。流年法はざっくりとした指標や運勢読みであり、絶対必ずそうなるという精度ではなくおおよその目安となります。厄年でも良い人もいれば悪い人もいます。命占いは、あとから作用してくる後天的な運に関わることを加味できないからです。
もし、事前に師匠へ相談していたとしたら、答えはひとつだったはずです。
「今回の話は見送るべき」
そして「そもそもこういう流れになったのは別に原因がある…」という話につながっていたに違いありません。
気学を勉強した今だからこそ、今まで生きてきた過去の自分の軌跡と照らし合わせてみると、流年法が概ねそうなっている…と実感できるのです。
流年法(運勢)だけで100%の判断をお伝えできるわけではありませんが、流年の運勢と実際に起こっている状況との差を鑑定することで、その人がこれからどうなっていくのか、今の出来事が今後どうつながっていくのかを読み取ることができます。
命占は“その生年月日に生まれた人の運勢や特性”を伝えているだけであり、いかにその情報を依頼者本人の人生に落とし込むかが鑑定師の腕の見せどころでもあります。また、命占だけでは分からないことも多いということを理解しておく必要があります。
なぜなら生まれ持った『宿命』を見ているにすぎないからです。その後の後天的な作用『運命』を読み取ることをしないと、目の前のいるあなたの今を鑑定し判断を伝えることはできないのです。
結論として、私の挑戦は「失敗するべくして失敗する時期に始めていた」ということになります。
宿命と運命と、自分自身の『立命』(力量、経験値、考え方や思いなど現実的なリソース)が足りていなかったのです。

様々な情報を読み取ることができます
なぜ失敗したのか?~方位学~
なぜ失敗する時期に始めてしまったのでしょうか。たまたまなのでしょうか。
「そもそも時期なんて関係なく、あなたの実力不足と人柄が悪いだけでしょ!!」それは否定することはできませんが、事をはじめるときは総じて多少なりの力不足は誰にでもあり得ることです。
しかし、運命学では“結果には必ず原因がある”と言えます。
その原因こそが 『方位学』つまり気学における「方位転居の作用」だったのです。
私の挑戦が始まる7年前、妻との結婚を機に一戸建てを購入し、一人暮らしをしていた家を引き払って引越しをしました。その引越し先の方位が「年月盤の本命殺」を犯すという、大失敗でした。
本命殺とは、
「自暴自棄になり、自死につながる(命を落とす)」
とされる命に関わる大凶方位です。
恐ろしいことに、本命殺を犯してしまった場合、引越し直後は一時的に成功したかのように望みが叶うことがあります。しかしそれは、“燃え尽きる前の最後の残り火”。いずれは勢いを失い、気力が尽き、人生が消えていくように落ちていく——。
そんな一見分かりづらく、厄介で強力な凶作用なのです。
実際、私の場合も移ってから10年目でどん底へ落ちました。
もしその時に師匠と出会っていなかったら、原因もわからず、未来への光も見出せず、本当に自死していた可能性は高いと、今でもはっきりと言えます。
方位学には大きく分けて、気学でみる方位と諸葛孔明でお馴染みの奇門遁甲の2つがあります。
鑑定師によっては「気学では凶方位だけど、奇門遁甲の座山盤で見ると吉方位だから大丈夫だよ」
と引越しの方位を判断する方もいますが、気学で凶方位であれば凶方位作用がでます。転居は避けるべきです。これは揺るぎません。
実際の鑑定でも「引越しをする時期は、いつが良いでしょうか?」という質問は多いですが、
時期だけで良い悪いは決められない。が答えです。
大切なのは「今住んでいる家から見て、どの方向に移るのか?」「その時期、その方位にどんな大気(方位作用)がめぐっているのか?」
この『方位作用』がすべてです。
時期だけで判断し、気学の六大凶方の知識がないまま引越しをすると、大失敗の未来が待っている
と言えます。「引越した時期が悪かった」という言葉の本当の意味は、
『現住所から見た引越し先の方角が、ちょうど凶方位の大気が巡っていた時期だったために悪かった』ということです。
引越しは、その後の人生を確実に左右します。
私はそれを身をもって痛感しましたし、その作用は本当に強力です。
引越しだけでなく、就職先の方向、その日の訪問先の方角……。
方位の作用は日々の行動にも影響してきます。
そのあたりの考え方については、次に続きます。

大気の巡りと距離や時間を掛け合わせます
良い方位もある~祐気取り~
仕事についてその後ですが、法人としての「保育部の立て直し」という点では一定の成果をげたものの、理事長との話し合いを重ねた結果、最終的には法人を離れるという結論に至りました。
そして私は、運命学の道で生きていくことを決心し、一日でも早く鑑定ができるようにと勉強の日々に入りました。貯金額は目減りしていく一方でしたが、同時に「自由な時間」も手に入ったため、運命学の勉強と並行して 祐気取り散歩 を始めることにしました。
吉方旅行やお水取りといった言葉は、スピリチュアルや占いが好きな方であれば聞いたことがあったり、実践したことがある方もいらっしゃるかなと思います。一方で、まったく知らない方にとっては「いったい何のこと?」という世界かもしれません。
気学や奇門遁甲という学問は、地球に流れる大気(空気)の動きや流れを暦や盤として可視化し、その作用を読み解く学問です。気学の原理としては「母親の胎内から生まれた瞬間に初めて吸い込んだ大気が、一生涯その人の“気”として作用する」という考え方にあります。これを 保気(ほき) と呼びます。
その人が持つ保気がどのような特性を持つのか、また大気の流れと保気による運勢の現れ方を、長い年月をかけて専門家たちが統計的に調べて研究してきました。また、保気と大気の作用を実体験として実践し研究する人々も現れました。
それは古代中国が起源とされ「孟母三遷の教え」(孟子の母がより良い環境を求めて三度引越しをした話)も、吉方位を求めて転居した例と言えるのかもしれません。
悪い大気の方位作用があるということは、当然ながら良い大気の方位作用もあるということです。そして、その良い作用を効果的に取り込む行いを 祐気取り と呼びます。祐気取りの方法も、陰陽五行の考えから研究・実践され、現代に知る人ぞ知る密教や奥意として受け継がれています。
現代は令和の時代となり、AIや科学の進歩の極みに達しています。非科学的なこと、エビデンスのないことや目に見えないことは、信用を得られない時代です。しかし私は運命学を学ぶ中で、保気と大気の作用が、人や人生に与える影響を「自分自身で実証しよう」と思い、時間が許す限り祐気取りを続けました。正確には、今でも日々実践を続けています。
SNSやChatGPTでも「祐気取り」と入力すれば多くの情報が出てきますし、一般の方でも分かりやすく記した祐気取りカレンダーとして作成し販売するセミナーや、開運ビジネスの商材として使われる場面も多くあります。ただし「その人のための祐気取り」「目的に合った祐気取り」「作用に合わせた祐気取り」というところまで理解し、己の身を贄とし、本気で取り組んでいる人は少ないと言えます。祐気取りには良い作用も悪い作用もあり、その両方を私は実践の中で経験してきています。
私自身、念願の一戸建てを購入し、意気揚々と“終の住処”となるはずの家に引っ越したものの、その方位が大凶であり、自〇まで考えるほど大変な苦しみを味わいました。そのため、なんとか凶作用を消すべく祐気取りを続け、開運効果を積み重ねて、より良い未来を実現していくしかありませんでした。
今後は少しずつ、私が実際に実感した吉方位の効果もお伝えしていきたいと思います。

鑑定業開始~姓名学~
ビジネスチャンネルでよく言われる「0→1」その最初の一歩が踏み出せない、やり方がわからない、そして時間と月日だけがズルズルと流れていく…決して少なくない方が経験されていることだと思います。特に占い業は、公には認められづらい職種であったり、占術の選択や師事する先生、修得方法によっては、どれだけやっても目指す技術が身につかないこともある、不透明で不確定要素の多い業種です。
私の場合は師匠というビジネスモデルがあったので、そこを目標にすることと、運命学の視点からは 名前を決めて形を作ること から始めました。はじめに姓名判断の第一人者である熊崎健翁式の吉凶の見方と吉名の付け方を学ぶべく、自分の名前を鑑定してみました。父からは「姓名判断の先生につけてもらった大吉の名前だ」と聞いていましたが、実際に鑑定すると、総格こそ悪くないものの、地格や天人地の配字が良くなく、社会に出るまでは苦労が多い、物事がまとまりにくく家族の離散にもつながりやすい…姓名であるこが分かり、自分の人生を振り返っても、納得のいく結果でした。
『悪ければそのままにしておくのではなく良いものに変えればよい』
これは最初に開運印鑑をつくった時点で私のマインドに根づいた考え方でしたので、すぐに吉名への改名を決意しました。事業者名も、いくつか候補を挙げる中で師匠が全盛期に使用していた「開運學會」という名を頂戴し、そこに画数の良い言葉を組み合わせて【運命開運學會】という屋号が決まりました。
勉強と並行して行っていた祐気取りでは、創始や発展の方位作用を中心に取り入れ、その作用を意識しながら考えて行動していきました。その結果、小倉魚町三丁目の中屋ビルにある場所貸しスペースの存在を知り、管理されている方との直接交渉を経て、あれよあれよという間に鑑定業スタートの日が決定。この実践を通じて、自身の運の作り方や吉方位の作用の効果の出方を実感できたことは、後に繋がる大きな財産となりました。
私の地元・北九州で最も賑わう繁華街「魚町銀天街」
この街を行き交う人々の心に届く鑑定を行うために、私は新しい占術への挑戦を始めることにしました。

吉名にするに越したことはありません
入り口にして奥が深い~手相~
形や色、大きさや向きなどで鑑定していく相占(そうせん)の1つである手相鑑定は占い業スタートにはもってこいの占術でした。内容が簡単であったり、程度が低いということではなく、占いとして認知度の高さ、準備が必要なくその場で見せることができる等、比較的気軽に依頼しやすい点が大きいと思います。
実際に依頼者を鑑定するまでに、一般的な線・丘・指・爪の知識を徹底的に叩き込み、受験はしていませんが手相検定の問題を入手して繰り返し解いたりしました。また、ネットで拾える手相の画像を読み解いてみたり、掲示板での手相鑑定師のやりとりをROMったりと、その時に出来ることはなんでもやってやろうという気持ちで準備を進めました。今であれば「モニター〇名募集」という形で無料で練習しながらSNSフォロワーを増やしていくような戦略が主流となっていますが、当時はそんなノウハウもなく0→1にするために必死で頭と体を動かしていたと思います。
そんな甲斐もあって少しの自信と大きな不安をもち、街の鑑定師さんとしてデビューをしました。そこで改めて、時期の選び方と祐気取り方位の吉作用を実感することになるのです。お世話になった1年2か月は今後につながる大切な1歩となりました(別の機会にお伝えさせていただきます)
対面での手相鑑定を始めてからは、鑑定後に読み取った手相を書き込み、自分の鑑定内容を記録したり、他の鑑定師の判断や表現の仕方を分析したりと、徹底して事後研究を続けていきました。
手相において大切なのは 手相は脳の説明書である という考え方です。
脳で考えたり感じたり、身体の中で起こっていることが線や形、色となって手に現れます。手相とは、そうした心身の状態が可視化されたものだと認識しています。
また、手相でみる流年法で「〇歳の頃にこうなる」と未来の判断をお伝えする方もおられると思いますが、私はお金をいただく以上は、よほど明確に現れている相や、精度に自信が持てる場合にのみお伝えするようにしています。実際に鑑定していると、本人の思い込みで現れている相と現実での対人評価や事象にギャップがある…つまり、大吉手相なのに本人はまったくそのような状態が現れていない…ということも少ない事例ですがありました。こうした「隔離」が生じた経験から、手相だけで人生を判断することの難しさを痛感した次第です。
占術は本当に使いどころ次第で何を用いるかが重要で、気学での判断は、その人の性格・特性・運勢など、ある程度の精度を保証して鑑定ができますし、現実とのギャップも「運の作用の出方」として深掘りできます。鑑定における守備範囲の広さは、手相とは比べものにならないと感じています。一方で、依頼者の現在の精神状態や身体の状態を読み取る力は手相の方が適している場合があります。
現在は受付を終了していますが、A3サイズの手相鑑定書の作成依頼も多くいただき、これまで相当数を作成してきました。許可をいただいた方の鑑定書は、名前を伏せた形でラミネートし、イベント出店時の掲示物として使わせていただいています。街往く人の興味を惹きつけてくれる、大切な“営業マン”として活躍してくれています。快くご協力くださった皆さまには、心より感謝申し上げます。

遺伝のはなし~家相~
幼少期から自分には人とは違う特性があることを理解していました。(決して、視えないものが視えるといった霊的な特性ではありません)それは両親や弟には見られない特性だったため「なぜ自分はこういうふうに生まれたのだろう…」という悩みを抱き、自分の子どもにも遺伝するのではないかと心配をしていました。
現在は2人の子どもに恵まれ、幸いにも私の特性は遺伝していませんでした。しかし「そもそもなぜ自分だけなのか」という疑問は、運命学を学ぶことで紐解くことができたのです。原因は、遺伝的要素ではなく生まれ育った生家にありました。
気学や家相を勉強されている方であれば、すぐに特性に察しがつくと思いますが、生家の敷地内の南方位に小さな池があり鯉を泳がせていました。私が2歳になる前には池としての利用はなくなり、水が張られることもなかったそうですが、そのまま池として残っていたことで、脳の病や知的な影響が出ていてもおかしくないと思います。敷地内『南側の池』は家相学で大凶だったのです。
また、住居の東側は移り住む前に増築されていたという話もありましたが、転居前であったため、私への影響は低いだろうと判断しました。
家相の作用は、住む人の性格や人柄、人間関係、最終的には病気や命に関わることもあります。
「昔はそういうのを気にしていたけれど、今の時代はそんなの関係ないよ」と言われることもありますが、作用が出るまでに年月を要することが多いため分かりにくいだけで、住む人に必ず影響を及ぼすのが家相なのです。家は住む人を作り出しているのです。なぜならそれは、家も大気の中に存在する物だからです。
どういう形であれば、家相の吉凶作用がでるのか?
間取りからなのか張り欠けからなのか?
その発現時期や住む人の誰に影響があるのか?
という、深い家相の話は追々で伝えていきたいと思います。

10年後20年後の未来を現しています
ばあちゃん~先祖供養~
質問です。あなたの家の宗教は何宗でしょうか?
「特定の宗教を信仰していないので無宗教です」
私も運命学を勉強するまでは、まったく同意見で宗教の必要性を1ミリも感じていないどころか、歴史や宗教感の違い、聖地を求めての争いや戦争をみて「宗教なんて必要ないもの」と認識していました。
しかも、親族の葬式となれば、お寺の人を呼ぶのにお金がかかる、戒名をつけてもらうのにお金がかかる「こんな時代なんだから無くなっても問題ないでしょ?!」というレベルでした。
それこそ「亡くなったあとの骨は海にでも撒いて、残された子どもたちの迷惑にならないように墓もなんにもいらないから、生きてる人にお金をつかってね♪」と、読んでいる方も同意見の方も少なくない考えを持っていました。
さらには「なんで高額なお金を払ってまでそんなことしないといけないの?儲かるという字も信者の二文字を合体させたもので、絶対にそんなことにお金をかけたくない!!」
これにも、首を縦に振ってうなずいている人も少なくないのでは?
この考え、実は大きな大間違いだということに気がついた人から
『この世で生きる不安もなくなり自分が死ぬということにも、それほど恐怖はなくなります。むしろ健康で幸せで長生きをするこも可能です。亡くなるときにも少しの苦しみで眠るように…』という境地に至れるのです。
勧誘の怪しい手口のマニュアルそのままのようなことを書いていますが、現に私はそのような状態に近づいています。40半ばにしてです。
宗教とは何か?簡単に言うと、自分の先祖の供養のやり方です。
戒名(法名)とは何か?簡単に言うと、無くなったあとに仏様となったときの名前です。
お墓とは何か?簡単に言うと、仏様となったをこと記す石碑であり家です。(この概念は墓相の話で)
江戸時代がどうして260年も大きな国の乱れもなく続いたのか?
いろいろな施策があったと思いますが、一般の民を寺の檀家とし、氏神を定めたことも大きな要因であったと思います。
そのことは今は閲覧することも難しいとされる壬申戸籍を見るとよくわかります。
『あなたの家は〇〇寺が菩提寺の檀家さんで、〇〇神社を氏神としていますよ』
という記載があるのです。
私の幼少期は、両親が共働きということもあり、夏休みは母方の祖父母の家に預けられ大正生まれの方の生活を小学校6年まで経験することができました。
朝食前には神棚に手を合わせ、ご飯が炊けたらお茶と一緒に仏飯をあげ、具だくさんの味噌汁とごはんとおしんこうを食べてから一日をはじめる。仏間が寝室だったので、寝る前には仏様に手をあわせ、鴨居に並ぶ曽祖父母の遺影にあいさつをして眠る。
仏間にいることがとても落ち着いて、ひとりでぼーっとすることも多かったことを記憶しています。
高校にあがってからは、家庭の事情から父方の祖母が家のことをしてくれるようになりました。祖母は熱心な信仰家であったため、夕方からあげるお題目やお経が今でも耳に残っています。私は、拍子木のリズムに合わせてギターを弾いたり、自作の曲を歌ったりするので、呆れるように怒られたことも今となっては懐かしい祖母との思い出です。
父方は一族で信仰している宗教があり、仕事の繋がりもあることで、その集まりが多くありました。私は、姿形が母方系統なことや、自立してからも信仰する宗教への興味が持てなかったこともあり、少し浮いた存在であるのは感じていました。
「父が亡くなったあとはどうするの?」と直接聞かれたこともありました。当時は「特になんにも考えてない。まだ元気だからそのとき考える」と遠回しの入信の誘いをなんとなく感じながら、変わり者を演じて煙に撒くような態度をとっていたと思います。
そのような経験もあり、仏壇やお経は好きだけど宗教は好きじゃない。
イマドキ思考に拍車がかかっていきました。
そのことについては、勉強を進めていく中で師匠に相談をしながら、自分のルーツを探すべく遡れるだけ戸籍を取り寄せ、家系図の作成を始めました。
初めてみる戸籍謄本は、読めない昔の文字に日本語だけど意味の分からない言葉や言い回し…
知っている親族の顔や関係性を頭に思い描いたり驚きの発見があったりしながら、なんとか大正明治、そして江戸の終わりまで作成することができました。
父親はもちろん、親族の誰も知らないような家系の流れを知り、かなりの優越感がありました。
家系図にすることで、私がどうやってこの世に生を受け、どれだけの命の繋がりがあって今を生きているのか。そこで初めて先祖への感謝の気持ちが持てたのです。
一般的にみて、幼少期から仏壇や信仰心とは近い方にいたと言える自分が、先祖への感謝に気がつくまでにここまでかかった。もっと早く気がついている人もいるとは思うが、今を生きる他の人たちがこのことに気がつくことなんて奇跡に等しい…
このことについては、今でもかなりの難しさを感じていますし、大切さに気がつくことさえも、その人の持つ運が関係していると思っています。
家系図が作成できれば、誰を供養する必要があって、どのような形で供養してけば良いのかが分かります。そして息子にも、先祖の流れを伝え、このことをどう繋げていけば良いのか、自然と先祖感を意識できるように関わりもつことができています。
あとに残す子孫に負担を強いるのではなく、自分が家を次世代に繋ぐという使命感は、きっと困難に陥ったときに立ち向かう強さや再び立ち上がり這い上がっていく力、さにらには自分自身のアイデンティティ、自己愛や家族愛、他人を思う心、さらには地元愛、郷土愛、愛国心にも繋がる大切な思想の根本だということです。
それが薄れた今の我が国の現状はどうでしょうか?
先祖の供養についてマインドセットができたあとは、実際にどう行動し実行し形にしていくか…
宗教と戒名、お墓については次へ

壬申戸籍(検索画像より)
より良い祀りとは~墓相~
お墓をイメージをすると、どんな形でしょうか?
2段ほど土台があって、その上に長方形の石があり「〇〇家先祖代々の墓」と刻まれ、下に遺骨の入った骨壺を収めていく…このようなお墓を多くの人がイメージすると思います。
この一般的だと思われている今のお墓のスタイル。
普及しはじめたのは明治時代から徐々に増え、主に昭和の戦後以後の形式だということをご存じでしょうか?
簡単に歴史を記すと、江戸の終わり頃までは比較的に身分の高い人から少しずつ庶民でも石塔で墓を建てる時代へと変わり、それまでは、一人一墓、もしくは夫婦で一墓、しかも俗名(生前の名前)ではなく亡くなったあと仏様になったときの名前である戒名(法名)で刻むのが正しい形でした。
また火葬が一般的ではなく、埋葬での供養であったため、その下に埋まっていることを記す記録の役割もありました。特に疫病で亡くなった方の、祟りや蔓延を防ぐための供養や目印という意味合いもあったとのことです。
現在ではどうでしょう?
故人を供養する場所というよりは、遺骨を納める場所という認識が強く、戒名(法名)もお金を払ってなんとなく付けてもらい、言葉では「仏さまになったんだよ」「おほしさまになったよ」とは言うものの実際は生前の俗名を大切にしたり、生前の姿を映した写真を置いて、その写真に向かってお供えや線香をあげたり、「わたしのことを空の上からみていてね。どうか護ってくださいね。」と、感謝や供養そっちのけで願掛けして自己保身ばかり。
これを『信仰心がある、先祖供養をしている』と思っている。
違和感を感じませんか?
本来の宗教観は、みなさんが感じているカルトとは別物です。
「へんな宗教にハマってるんじゃない?」「壺とか買わされないようにね」
こういうのは伝統的な宗教観ではなく、カルトにあたります。
絶対におぼえていてほしいことは、宗教とは、
あなたの家のご先祖様の供養のやり方です。
困ったときの救いの手。神のご加護。自分がよくなるために、災いを避けるために、
これはすべてカルトといっても過言ではないと思います。
私が、運命学として学んでいる墓相は、その家にあった宗派で供養をしますし、お墓も建てます。
戒名(法名)もその宗派の付け方に則って、つけています。
お墓の形や向き、建て方、戒名(法名)のつけ方にも、年月をかけて統計をとり研究を重ねたことで、吉凶や子孫への影響の出方があることも分かってきています。
実は、みなさんが一般的にイメージする長方形に〇〇家先祖代々の墓というスタイルは
『長男相続ができない墓』という統計データがでているのです。例え長男が継いだとしても三代以降は難しいと言われています。
長男相続ができない。とは、具体的にどういうことかと言うと、
長男が病弱、長男が早死に、長男が結婚できない、長男に子どもができない、できても女の子しか生まれない、長男が発達障がいや知的な問題がある…様々です。
長男だけでなく、男の子全般にでるケースもあります。
見渡す限り、だいたいのお墓がそういう墓しかありませんよね?
親戚や素性の分かる範囲の方の家を思い浮かべてほしいのですが、実際にある身近なケースで本家の長男さんがお墓を護っている家はありますか?仮にあったとして、
今の長男さんといえば、おそらく昭和30年前後生まれ方が多いと思いますが、
その子どもさんに男子はいますか?
その子どもさんはおそらく昭和60年前後の生まれだと思いますが、家業を継いだり、家を護るようなタイプだったり、さらに男の子が生まれて、一族さらに繁栄していくような流れになっていますか?
そうなっている家は、おそらく0に近いと思います。
なぜなら、墓が「〇〇家先祖代々の墓」の型だからです。
前の項で、姓名学の話をしましたが、一般にはまず知識が出回っていませんが、仏様に成ったときの名前の戒名(法名)ですが、それにも吉凶や子孫への影響、生前どんな人だったのかを表す統計を出して研究している専門家がいます。
令和の時代の、亡くなった方への供養の多くは、我が家の菩提寺もなく、どの宗派なのかも曖昧なので、
経をあげてもらうお寺の方も、葬儀社とのつながりのある住職を呼び、戒名(法名)もお渡しするお布施の額によって、位号や字が決まっていく。縁起の良さそうな文字や、生前にゆかりのあった職業や好きなこと、残された親族が好きな文字を選んで…というのが一般的になっています。
一般的に良しとされている、生前の名前を1字、もしくは2字とって戒名(法名)とすること…
生きている現世から、極楽浄土に行くために仏様となり、あたらしい道を歩んでいく。これが「成仏」ということなのですが、仏様になる儀式を受けて、仏の名前をいただいた戒名(法名)に生前の名前を残し、現世の姿を残した遺影を飾ってあって、本当に成仏できていると言えるのでしょうか?
すべて、一般的には当たり前で良しとされていることです。
ここまで読んでみてどう思われるでしょうか?
都会から離れ、以前からの古き良き伝統を守っている地域に行くと、本当に徳の高い菩提寺や住職の方がいらっしゃって、私が書いていることなんておこがましい、ということもありますが。
SNSや本、メディア媒体などで「先祖供養の大切さ」を伝えている方は多いです。
お墓参りにいきましょう、家で仏壇を用意して祀りましょう、お仏飯をあげて手を合わせ感謝しましょう…
ここからさらに一歩踏み込んだ『より良い先祖供養の仕方』というところまで、一般的になっていけば良いなと考えています。おそらく他に期待していても、このことを伝えていくことができる人は、なかなかいないと思いますので「私自身がそうなっていくしかない」という心持ちで、ひとつの波紋になりたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

豊田佐吉氏のお墓
(日本の墓より)
開運とは~宿命・運命・立命~
戦後の昭和から現代の令和に至るまで、運命学の智は、人々の不安や欲望とともに、あらゆる商法によってお金に換えられ、時には人の心までも支配してきました。しかし、もとを辿れば国を治めるための術であり、敵に打ち勝つための軍学であり、帝王学には必須の教えでもありました。本来は、君主たる者の心の在り方を説く国家レベルの学問だったはずです。
それが現代においては、何千何万という占い師・鑑定士が乱立し、主婦の方の副業や、AIと組み合わせた 手軽なビジネス として扱われるまでになりました。身近になった反面、権威性は著しく薄れ、信じるに値しないもの と見られてしまうほどです。ひとえに、現代にはその深さまで学び抜いている占い師が極端に少ないことが大きな原因だと感じています。
実際にこれまで出会った占い師さんに悪い方はいません。皆さん、依頼者に誠実に向き合い、できる限りの言葉で判断を伝えようとする、素晴らしい方ばかりです。ただし「どこまで深く学んでいるか」「どれほど開運の理を理解した上で鑑定しているか」という点については、なかなか難しいものがあるなというのが現状でした。(気持ちを明るくし、背中を押すという点では、優れている占い師さんはたくさんいらっしゃいます。それは全員の方がそう言えるとも思っています。むしろ私の方が、相手に不快感や不安を与えてしまう場面は多いこともあります)
私自身もすべてを完璧にできるわけではありませんし、今もなお、学びと実践、経験を積まなければならない身です。しかし、占いや鑑定について、まともに深い話ができる方は、私の師匠を除けば一人いたかどうか…
さらに、SNSや動画等で上がっているような開運や占いについても、ほとんどがまとも内容のものはなくエンタメ、再生数稼ぎ、集客目的やスクールビジネスのためのポジショントークにすぎないものばかりです。
しかし、本当に開運の理を理解して真摯に向き合っている方がいらっしゃるだろうとも思っています。いつか実際にお会いできる日を心待ちにしています。
運命学において大切なのは、この世に生を受ける前からの作用『宿命』生まれた後に受けていく作用『運命』そして自らの意思で人生をどう歩むかという『立命』です。
宿命は変えることができませんが、運命は専門家の知識と技術によって変えられます。そして、その変えた運をどう活かすかは、ご本人の立命に懸かっています。
どれだけ運の作用を良い方向に変えても、本人の行動・思考・意志が伴わなければ、運は開いていきません。他人まかせでも、他人のせいにしてもいけません。最後は 自分 なのです。
人生は死ぬまで学びであり、開運の道は決して平坦で楽な道ではありません。生きるということは常に理不尽との戦いであり、剋され、また剋され、それでも進む修行の道が続きます。人生とは苦難の連続ですが、その中で「本当の幸せとは何か」に気づき、充実した人生を送れるよう、お手伝いができればと願っています。
宿命を読み解き、運命を変えるお手伝いをし、その運を活かすための行動や考え方を支え、立命へと導いていく。私が運命鑑定師としてできることはそれくらいのことです。
もしも偉そうに見えてしまった方がいたなら、本当に申し訳なく思います。
「先生」と呼ばれることがありますが、上下関係があるわけではありません。ただ、人より少し早く運命学の智に気づき、それをお伝えできる立場にいるだけです。職種は違いますが19歳のときから先生と呼ばれる機会がありましたし、そのことに驕りはなく、ただ経験値を得るのが少し早かっただけの存在だと理解しております。
ご希望がありましたら、人生のお力添えをさせていただければ本望です。
持てる知識と、できる限りの全力で誠心誠意の支援をさせていただきます。
ご縁をいただける時を、心よりお待ちしております。
運命開運學會
鑑定師 志水 佑旭
